クリニックについて About clinic

当クリニックは豊中渡辺病院として昭和54年に現在の服部の地に誕生しました。

当時は外科、内科、整形外科、耳鼻科、血液透析の他、救急医療に取り組み地域医療に貢献して参りました。
1996年社会医療法人純幸会となり、2016年には病棟部門は千里中央の関西メディカル病院に移転し外来の一部を残す形で内科、耳鼻科、眼科、乳腺外科、血液透析の診療を継続して行なってきました。

Q.病院とクリニックの違いってなんでしょうか

単に入院できるのが病院で、入院できないのがクリニックではありません。
まず、母体の関西メディカル病院は地域医療支援病院であり、救急医療の他、各診療科ごとに専門的な検査・治療を行う施設です。
次に、当クリニックは健診などの普段の健康管理、高血圧、糖尿病などの生活習慣病の定期検査と治療、急な発熱などの一般診療を行い、専門科の受診が必要であれば速やかに紹介を行う施設なんです。

当クリニックの最大の特徴

当クリニックは、関西メディカル病院と関西メディカル腎移植クリニックと同じ最新の電子カルテシステムが導入され、ネットワークが構築されています。
例えば、もしあなたが救急車で地域医療支援病院である関西メディカル病院に運ばれた時に当クリニックの様々なデータが病院から瞬時に確認可能となります。

院長メッセージ

医師になって35年が経ちました。

この間、様々なご病気を抱える患者様を診させて頂きました。特に東豊中渡辺病院(一般急性期+リハビリ病棟)時代は年間約1700件の2次救急のうち約200件の救急を対応させていただきました。2次救急といっても病院の規模に応じて豊中救急の方で対応可能な患者様が搬送されていました。しかし、中には3次の救急病院に転送しなくてはならない患者様もおられ、その診断と対応に緊張の連続でした。その後2016年より現在のクリニックで外来と血液透析の診療に従事するようになりました。多くの外来診療を担当するうちに、いかに持病が悪くならないようにしていくか、そのためにはどうすれば良いのか考えるようになりました。現在も、一人一人の患者さまの診療に生かせるように日々アップデートしたいと思っています。人生は100年時代に入っています。楽しく過ごしたいですよね。そのためのあなた自身の健康管理について一緒に考えてみませんか。

当クリニックは忙しいクリニックだと思います。今日までやって来れたのはスタッフが笑顔で丁寧に対応してくれているおかげといつも感謝しています。今後も忙しくても笑顔を絶やさないように心がけたいと思っています。

プライベートでは3人の子供がいます。いつも時間に追われ「早く!早く!」が口癖の母親でした。子供達には我慢ばかりさせていたと思います。でも多くの方に関わっていただいたからかどの子もやさしい子に育ってくれました。私にとっては何よりも有難い事と思っています。

院長 冨田 純

略歴

  • 1988年3月東京女子医科大学卒業
  • 1988年7月大阪大学医学部附属病院で研修医として入職
  • 1989年6月大阪大学医学部附属病院を退職
  • 1989年7月国立大阪病院(現大阪医療センター)で研修医として入職
  • 1990年6月国立大阪病院を退職
  • 1990年9月国立循環器病研究センター腎高血圧内科研究生として1年間在籍、血液透析医療に従事
  • 1990年11月医療法人純幸会 豊中渡辺病院に入職
  • 2003年11月医療法人純幸会 東豊中渡辺病院に転勤
  • 2006年4月社会医療法人純幸会 東豊中渡辺病院 副院長に就任
  • 2016年1月社会医療法人純幸会 豊中渡辺病院に転勤 院長に就任
  • 2016年6月関西メディカル病院附属豊中渡辺クリニック 院長に就任

学位

1997年 医学博士の学位授与(大阪大学)

所属学会

日本内科学会、日本循環器学会、日本腎臓学会、日本透析医学会、日本腎臓リハビリテーション学会、日本高血圧学会、日本糖尿病学会、日本総合健診医学会

資格

総合内科専門医(日本内科学会)、透析専門医(日本透析医学会)